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東京地方裁判所 平成12年(ワ)15368号 判決

原告 X1

原告 X2

右両名訴訟代理人弁護士 鬼束忠則

被告 Y

主文

一  別紙のようなA(明治38年○月○日生、昭和59年8月12日死亡)作成名義の昭和59年5月8日付け自筆証書による遺言は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文第一項と同旨

第二事案の概要

本件は、遺言者の押印を欠く自筆証書による遺言が有効であるか否かが争われている事案である。

一  争いのない事実

1  原告ら及び被告は、別紙「被相続人A相続関係説明図」〈省略〉のとおり、昭和59年8月12日に死亡したA(明治38年○月○日生。以下「A」という。)の子である。

2  別紙のようなA作成名義の昭和59年5月8日付け自筆遺言証書(以下「本件遺言書」という。)が存在し、被告は、これによる遺言が有効であると主張している。

3  本件遺言書には、Aの押印がない。

二  原告らの主張

遺言者の押印を欠く自筆証書による遺言は無効であるから(民法960条、968条1項)、本件遺言書による遺言は無効である。

よって、原告らは、被告に対し、本件遺言書による遺言が無効であることの確認を求める。

三  被告の主張

本件遺言書は、Aがその真意に基づいて自書したものであるから、同人の押印を欠いても、これによる遺言は自筆証書遺言として有効である。

第三当裁判所の判断

一  遺言は、民法に定める方式に従わなければ、これをすることができず(民法960条)、自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない(同法968条1項)。

ところで、民法が遺言を厳格な要式行為としているのは、遺言者の真意を確保して遺言の真偽に関する紛争を予防し、併せて遺言の偽造、変造を困難ならしめるためであるが、自筆遺言証書が遺言者の真意によるものであることを担保する方法としては、全文が遺言者の自筆であることのほかに、遺言者の署名があれば十分ではないかとの考え方もあり得るところであり、現に、立法論としては押印を不要とする考え方も有力である。

しかしながら、我が国における法意識としては、今なお、署名よりも押印を重視する傾向が強いというべきであり、民法968条1項が「これに印をおさなければならない」と明確に規定している以上、本件遺言書のような遺言者の押印を欠く自筆証書による遺言は、当該自筆証書中に遺言者の押印と同視し得るものがあるなどの特段の事情のない限り、無効であるといわざるを得ない。

乙第1号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば、本件遺言書中には押印は全くないことが認められ、本件全証拠を検討してみても、右特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。

以上の次第で、本件遺言書による遺言は無効であるといわざるを得ない。

なお、仮に本件遺言書がAの真意に基づいて作成されたものであるとすれば、遺言としては無効であっても、他の法律行為として効力を生ずる場合があり得るのは別論である。

二  よって、原告らの請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝阿彌誠)

〈以下省略〉

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